学生が見ているもの・先生が見ているもの
研究スキルがまだ身についていない発展途上の人と,論文を書きまくった先生が研究相談をしているとき,話が全然噛み合っていないことがあるよねって話.
修士課程の学生は研究スキルが既に身についた人より,修士課程を通して研究スキルを身につけていく人が多いと思います.したがって,先生や先輩と相談し指導してもらいながら,研究を進めていく形になるケースが多いのかなと.その相談がどうにもちぐはぐなケースを,何度か目にします.また,そのズレを意識すると前に進む,みたいな例もいくつか経験しました.今回は研究相談の場面で,学生が見ているものと先生が見ているものにズレがあることもあるよというお話.
相談で共有するべきトピックとしては,何を調べたいんですか? + どういう構成で書きたいですか?の2つの観点が必要だと思うって結論です.
学生側の視点
研究をどう進めていいか,いまいちピンと来ていない学生を想像します(バリバリ進められる学生なら,こんな記事読まないと思う).
大抵は①「自分はXXXを調べたい!」という意思があり,ぼんやりと研究仮説も持っているが,研究としてどう落とし込むかよくわかっていない,②先生から「君は何を研究したいの?」と言われて,いくつかトピックを用意したが,研究としてどう落とし込むかよくわかっていない,の2つだと思います.いずれも,研究のタネは持っているが,その先は掴めていないという状況です.こうした場合,学生は「〇〇という仮説を考えました.背景としては△△で....この仮説を調べたいのですが...」という相談をしていくことになると思います.
相談場面を想像してみましょう.
- 先生: ふむふむ,なるほどねえ.いくつか質問してもいいですか?
- 公衆衛生的に,その仮説はどういう意味があるのでしょう?
- 新規性ってどこにありますか?
- その仮説は,どういう根拠があって主張できるんですか?
- 概念的にはわかるんですけど,それどう測って,どう分析するんですか?
- (他にもいろいろ...)
- 学生: う...うう...(そこに困ってるから相談しに来てるんやろ!助けてくれえええ)
まだそこまでは勉強しきれていないのですが... - 先生: なるほど,理解しました.まだ仮説として,しっかり作り込まれたレベルではないので,文献レビューをしましょうか.課題意識はわかったので,それをリサーチクエスチョンにしていくフェーズですね.まずはknowledge gapを明らかにしていくと良いと思います.
- 学生: は,はい...(あれ?自分なりにはRQにしたつもりなんだけどな...)
相談場面2回目
- 学生: 前回の相談から,こういう検索式で文献を検索しました!
- 先生: おつかれさまでした〜.その仮説自体は新しいってことでいいですかね.
じゃあまたいくつか質問してもいいですか?- 公衆衛生的に,その仮説はどういう意味があるのでしょう?
- その仮説は,どういう根拠があって主張できるんですか?
- 学生: モゴモゴ(あれ...?前の相談から何が前進しているんだ...???)
- 先生: うーん.いまいち,この研究仮説の重要性がわからないんですよね.
興味や調べたいことということは理解できるのですが,公衆衛生の研究としての意義がはっきりしないので - 学生: は,はい......
こういう形で,学生としては興味や自分の課題意識を研究仮説として整理したつもりが,うまく先生とコミュニケーションを取れない例をいくつか見たことがあります.
先生側の視点
個人的な意見として,先生は「何を調べるか」だけでなく,「論文に何を書くのか?」を強く意識しているように思います.研究仮説を聞いた瞬間から先生の脳内で,introductionの各パラグラフの内容・測定・解析方法・考察...と,執筆のシミュレーションが行われているはずです.その上で,「この仮説って論文化できるのか???」を想像して,質問やアドバイスをしているはずです.
したがって,学生が研究として調べたいことを持ってきた場合,
"学生が調べたいこと = introductionの最終段落"
という脳内変換が発生するはずです.
その上で,例えば次のような疑問が湧いてくるはずです.論文を書くなら,どれも必要な問いになります.
- 第1パラグラフには何を書こうか.それはこの分野で重要な課題と位置づけられるかな?
- 何が既にわかっているのか?その仮説を調べることで,どういう知見を追加できると主張できるのか?
- どうしてその仮説が支持されると主張できるのか?
- 仮に,その仮説を検証するとしたら,どういう解析手法と一致するのか?
学生と先生のギャップ
学生側は「調べたいこと」を見ているだけなのに,先生側は「何を書くのか?」を意識した上で,埋めなくてはいけない内容を見出している,ということが大きなギャップだと思います.
もう少し言語化すると,主に次の2点が厄介な点だと思います.
調べたいことに加えて,書きたい内容が共有されていない
先生と学生との間で,次のアクションの目的を共有することが重要だと思いますが,「学生は書くべき内容を把握していないかもしれない」ということを前提とした相談をしていないので,学生が迷子になるという流れです.
先生側としては,調べたいことが提示されると,ある程度書くべき内容を把握する能力があるはずです.一方,発展途上の学生はそこまでの能力を持っていない.このギャップから,先生側の質問やアドバイスと学生のアクションがちぐはぐになっていくと感じます.例えば,先生側はintroductionのある部分の記載を充実させるためにアドバイスしているつもりが,学生側は目的がわからないまま勉強・研究を行うので,時間を浪費してしまうというかたちです.
学生,PICO/PECOで研究を作れると思いすぎでは?
(これは自分の研究室の特徴かもしれません)
PICO/PECOは何を調べたいのか?を端的に表現する手段ではありますが,PECOだけ唱えていてもどうともなりません.PECO + FINER (feasible, interesting, novel, ethical, and relevent) は押さえるべきでしょう.PICO/PECOとFINERを両方そろえて整理することが重要です.
しかしながら,PECOだけ揃えて「RQができた!」と感じる人も見受けられます.この認識だと,その後のFINER関連の質問やアドバイスを受けた際に,「あれ?今受けたアドバイスは,今後研究を進める上でどう役立つのかな...?」と迷子になる原因になるのだろうと思います.
学生としてできること
先生は論文の完成形を見据えていることを意識しよう
自分の所属研究室の先生方はとんでもなく優秀な方々なのだと思いますが,先生はいつも論文としてのゴールを意識していたように思います.一方,学生は目の前の困りごとだけに注目していることもあります.したがって,話題の焦点がズレていることがある,というお話でした.
そこで,「あれ?先生の質問やアドバイスはどこに向かっているのかな?」と考えられる土壌を持っておくことが大事だと思います.先生の質問を自分の理解の中に落とし込むためには,単に文字通り理解するだけでなく,質問の意図も把握する必要があるからです.もし「あれ?」と思ったら,こう尋ねてみましょう. 「先生の質問すごく刺さったのですが,どういう観点からその質問が湧いてくるのですか?」こういう質問をすると,とってもニコニコしながら「それはねえ...」と語り始めるんじゃないかなと思います.(僕はちょこちょこしていた)
何をどこに書くか?を意識しよう
自分の調べたいことを作ったら,どのパラグラフにどんな内容を盛り込めそうかも整理しておくと良いと思います.それらを先生に提示すると,非常に具体的で建設的なコメント・アドバイスをもらえるはずです.
迷っても大丈夫
これまで書いてきたことは,研究の迷子にならないためには...?迷子脱出するためには...?という内容でしたが,研究の迷子にならない人なんていないと思います.大なり小なり,未熟で発展途上の学生は研究で迷子になります(というか迷子にならないんだったら,もう立派な研究者でしょう).
大事なのは研究がスタックしたら,それを自分で認識して,助けを求めることだと思います.はっきりと「迷子です」と言ってしまった方が,アドバイスする側はやりやすいのでは?と思います.
アドバイスをする側として...
自分の経験した限り(M2が何を言っているんだってのは置いておいてくださいw),最初の質問はこれが鉄板です.
「調べたいことはわかりました.では,それをどういう論文として書いていきたいですか?」
構成やストーリーをスラスラと話せる人なら,特に困ることはありません.一方,返答に詰まる人は,論文の構造や仮説と解析の対応関係などを理解できていないことがあります.先に論文構造などを押さえた上で,RQを練り上げる作業をしていった方が建設的だと思います.
ついでに理想の論文の話もしておくと,ゴールが明確になるかもしれませんね.
おわり