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公衆衛生学 / 疫学 / R. 知識をサッと持ち出せると良いよね

[備忘録] 英語論文の書き方 ver.2022 3月

今年度は自分の修論に加えて、3本の研究に共著として関わらせていただきました。自分の論文の進め方には反省点が山程あるし、共著で原稿を一緒に書く作業を通じて学ばせていただいたこと・気づきがたくさんありました。

こうした経験を通じて、「こう研究を進めるとスムーズなんだな」「こうすると消耗感がすごいな」と現段階のレベルである程度整理できたので、研究の進め方シリーズを備忘録として残そうと思います。あくまで自分向けコンテンツです。しかも、どうせこの先アップデートされます。まだまだひよっこですから。ということで、ver.2022 3月という話。

第1回は英語論文の書き方編です。とにかく書くことにフォーカスします。

今回の記事では、全体→ パラグラフ→ 文と文→ 1文と、大枠の捉え方からスタートし、1文の書き方に関する内容の順でお話します。大枠から作ること、コアメッセージは細かい議論の前にしっかり固めること、その上で文レベルの見直しを進めること。そういう流れを考えています。

備忘録的特性が強いので、ちょっと読みにくいのは許してね。

 

基本姿勢

  • 筆者は論文を科学的知見を伝えるために書く
    • 伝わるように書かなくてはならない。単なる文字の羅列は自己満足。
    • 読者の認知的負荷をできるだけ減らしつつ、正確に情報を伝えるべく努力する
  • 読者は論文を科学的知見を理解し、今後の研究・実践に役立てるために読む
    • 読者といってもその像はまちまち。
    • 筆者は「この論文を読んでほしい読者はどんな人か?」を想像し、その上で単語・説明のレベルを想定するべき

基本の基本は次の2つ

  1. 伝えたいメッセージをきちんと磨く
  2. メッセージができたら、読者を意識し、読者が理解できることを最優先に書く

 

全体の構成

公衆衛生系の論文はIntroduction, Methods, Results, And Discussionで構成されるIMRAD形式を基本的に採用します。また一般に、研究手法・領域ごとにresearch reporting guidelinesがあります。例えば、介入研究におけるCONSORT、観察研究におけるSTROBE (日本語版)、システマティックレビュー・メタ分析のPRISMAがあります。少しニッチなところだと、Operational research領域のシミュレーションに関するガイドラインSTRESSなども。まずは対応するガイドラインを必ず手元に置きましょう。

 

FYI: ガイドラインまとめ

www.nlm.nih.gov

 

Introduction

Introductionの到達目標は、①研究のロードマップを示し、②研究の目的を説明することだと考えます。そのために、いくつかの守るべき事項があります。

  • トピックの重要性・新規性・尤もらしさを説明する(∵ いずれかが成り立たない研究ならば、調べる価値が乏しい)
  • 冗長に書かない、関係がないことは書かない(自分は冗長に書きがち。気をつけて)
  • Discussionで用いる内容を登場させる(ちゃんと伏線張ること忘れずに)

Methods

Methodsの到達目標は、研究目的に対応し、かつ結果の記載する内容に対応した手法を読者に提示することだと考えます。

  • 研究の目的と以下の内容を対応させる
    • 研究対象者
    • 評価尺度
    • 解析手法
  • Resultsに書く内容をMethodsに書く
  • 倫理に関する情報と、研究のガイドラインに関する情報
  • 事細かに書かなくてはならないわけではない。適宜appendixを用いる。
    (僕はこのあたりが下手)
    • 多くの読者は「この研究を再現したい」と思っているのではなく、「この研究では何をやったのかな?」を理解したいだけ。
    • 再現したい読者に向けた内容はappendixでok

Results

Resultsの到達目標は、研究で実施した内容を淡々と伝えることです。やったことを書くだけなので、考察してはいけません。

  • Methodsで示したことを書く
  • 考察・結論に関連する情報を書く
    • demographic characteristics: どんな人間がいたか→ participantsとtarget populationはどのように異なるのか?異なるならば、generalizabilityにどのように影響があるか?(participantsとtarget populationの特徴が異なるからといって、必ずgeneralizabilityに問題があるわけではない)
    • 欠損値や脱落: selection biasは生じうるのか?
    • 主要な結果: 当然書く。有意だろうと非有意だろうと関係なし。
  • 全部書かなくて良い。考察・結論で引き合いに出さないなら、書かなくて良い

Discussion

Discussionの到達目標は、introductionとresultsに対応した上で最終的な結論を提示することです。結果と結論は異なります。結果は(ミスや不正が無い限り)揺るがぬ事実ですが、結論は研究の特性や限界を踏まえた上で研究者として提示するメッセージです。したがって、研究の目的・手法・結果を解釈した上で、読者に対するメッセージを慎重かつクリアにお届けする必要があります。

  • 結果のまとめ
  • なぜ今回の結果となったのか(introductionと紐付ける
    • 仮説が支持されたかどうか
    • 先行研究との一致・不一致
    • カニズムの考察
  • 限界
  • 結論として何がいえるのか(ここをしっかり磨く)

 

パラグラフの構成

パラグラフは1つのアイデア・論理を伝えるための文章の塊です。Introductionとdiscussionは特にパラグラフ構成に注意する必要があります。ポイントは、執筆段階でパラグラフの内容を先に書き出してしまうことです。

Introduction

Topic sentenceとsupporting sentencesを意識しましょう。topic sentenceはそのパラグラフで伝えたいキーメッセージです。一方、supporting sentencesはtopic sentenceを根拠付けるための文章です。Introductionでは、各パラグラフのtopic sentenceだけを読むだけで、研究目的を理解できるように構成するべきです。これを達成するためには、topic sentenceを書き出し、それらを読むだけで理解できるかを確認すべきです。よくある構成例を提示します。

  1. 背景
    (例: うつ病は公衆衛生的に重要な課題である)
  2. 既知のこと
    (例: うつ病の予防として、認知行動療法が効果的であることが知られている)
  3. 未知のこと
    (例: 非対面で行うインターネットを用いた認知行動療法の効果は知られていない)
  4. 目的
    (例: 本研究の目的は、インターネットを用いた認知行動療法によるうつ病予防効果を調べることである)

こうした考え方を適用すると、topic sentenceはある程度抽象的になります。複数のパラグラフで研究目的に至るまでの主要な命題を提示し、各パラグラフ内で命題に根拠付けるsupporting sentencesを記載する。こうした構成でintroductionを作りましょう。

Introductionの内容は論文全体に影響するので、かなり練り込む必要があります。読者が短時間で理解しやすいような明快なtopic sentenceが必要です。同時に、メッセージを根拠付け、discussionで議論したい内容を過不足無く織り交ぜるために、supporting sentencesを書いていきます。難しいことなので、他人に読んでもらってコメントをもらいましょう。

Discussion

1パラグラフで1議論です。解釈・議論が可能な結果は複数あることが一般的だと思います。これらをまとめて議論するのではなく、1パラグラフの中で1つの議論を行いましょう。

「1パラグラフ1議論」は当然のように感じますが、意外と混同してしまったりします(特に僕は)。あれもこれも...とならないために、「このパラグラフでは〇〇を論じます」と先に書き出した方が良いだろうと思います。

 

文と文のつながり

文のつながりの重要性は、ここ数ヶ月で強く感じました。複数の文を引っかからずに読んでいただくために注意するべき項目を2つ整理します。

Topic positionとstress position

英文では文頭をtopic position、文の終わりをstress positionと呼びます。私達は無意識に文頭で「どんな話題がくるのかな?」と期待し、文末では「新情報や重要な情報が来るだろう」と期待してしまうようです。したがって、文頭には既知の情報やトピックとなる話を、文末には新情報を書くことが重要です。この順序が逆になると、とても気持ちの悪い文書を作ってしまうことになります。

具体的に確認しましょう。こちらの例がとっても秀逸です。特に2ページ目が明快。

toyokeizai.net

こちらの例のように、新情報を後ろにおいた上で、次の文章では先の文で提示した情報を文頭に出していくと、自然な書き方になるということです。

 

文と文をつなぐ接続詞・副詞

論理関係を説明するbecause等の接続詞やhowever・therefore等の副詞は論文の中で重要な役割を担っています。introductionでhoweverを見たら、大抵重要な情報が書いてあるくらい、議論の中で大切にすべき用語です。したがって、文と文をつなぐ接続詞・副詞を使う際は、筆者として十分に注意を払う必要があります。

考えるべきは、2文の関係と接続詞・副詞の役割です。接続詞・副詞が妥当であるかを常に意識しておくべきだと思います。

具体的に考えましょう。

これらの2文はいずれも「国立大学である」と言っているので、2文をつなぐならば内容を併記したり追加する接続詞・副詞が必要でしょう。

 

もう一つ具体例を。

これらの文では、知られている vs 知られていないという対立構造があるので、逆接の関係と捉えることができます。したがって、howeverを用いる場面となります(鉄板ですよね)。

 

このセクションでは、小学生の国語レベルの内容を述べています。しかし、文と文をクリアに接続できていないと、非常に読みにくい文章になります。「うん...???これは何に対するhoweverなんだ...???」となると、はっきり言って読む気が失せます。読者に読まれない論文は目的を達成できないので、いかに内容が良かろうと失敗作です。このように、接続詞・副詞は誤った使い方をすると文章全体を壊してしまうので、注意が必要だと考えてます。

 

最後に、1つの文章の中で工夫する内容です。数え切れないほどありますが、じぶんが最近意識している工夫を書き出します。

文章の長さをコントロールする

文章は長すぎてもダメだし、短すぎる文章が連発しても読みにくいとされます。一般に論文の英文は長くなりがちです。分けること + 組み直すことで、読みやすい文章になる可能性があります。

長過ぎる文章は読みにくい

基本は25 words以内で1文を作ることをこころがけると良いらしいです (English for Writing Research Papersより)。25 wordsって結構厳しい。そこで長くなりがちな文章を区切るためのいくつかのtipsを書きます。

  • 目的を伝える文章は、目的と実施内容で分けることを考える
    • 目的を伝える文章は、重要なことが多い。重要なことを端的に伝える文章にするべきなので、冗長に書くべきではない。
    • 「〇〇するために□□した」を分ける場合
    • 〇〇することが求められている。したがって、□□した。
    • □□した。その目的は〇〇である。
  • 接続詞・関係代名詞・関係副詞を使う場合は、2文に分けることを考える
    • 読みにくい例: Although child abuse, which can cause physical, mental, and behavioral problems and affect ones' health in later life, has been a public health issue for decades, and many professional responses to child abuse have been made, there is little evidence that its prevalence has decreased, which indicates that further collective actions for child abuse are needed.
    • なぜ長くて読みにくい?
      • althoughによる主節・従属節
      • child abuseを説明する関係代名詞which
      • althoughからdecreasedまでの1文を受ける関係代名詞which
    • 全部切る場合→ 4文へ
      1. Child abuse can cause physical, mental, and behavioral problems and affect ones' health in later life.
      2. Thus, it has been a public health issue for decades and many professional responses to child abuse have been made.
      3. However, there is little evidence that its prevalence has decreased.
      4. This indicates that further collective actions for child abuse are needed.
    • 主張したいトピックのかたまりで区切り直す
      • 「虐待の悪影響 + 多くの取り組みが行われてきた + けれどもまだまだ」という書き方の場合→ 1 / 2 / 3+4で3文へ
      • 「虐待は悪影響があり、多くの取り組みが行われてきた + けれどもまだ減っていない + 今後さらなる取り組み必要」→ 1+2 / 3 / 4で3文へ

このように、区切るポイントと組み直すポイントを押さえることが重要だと思います。結局意味のかたまりを作るだけなので、主張したい内容に合わせてバラバラにしたり、つなぎ直すことが可能です。レゴブロックみたいなものと思えば、かんたんに崩したりつなげたりできますよね。

ここは自分もすごく下手なので、意識し続けたいと思います。(あんまり良い例を提示できた気がしていない)

短すぎても読みにくい

これはあまり自分にないミスだと思いますが、短文を連発してもそれはそれで読みにくいということです。短い文章はインパクトがあるので、挿し込むなら「ここぞ!」という時に使うことが重要な模様。

 

安易に it is 構文を使わない

僕がめちゃくちゃやりがち it is 構文です。基本メッセージがぼやける様なので、素直な文章に書き換えましょう。例えばit is構文でこんな文章を書いたとします。

  • It would be helpful for Japanese public health researchers to read this blog for writing academi papers.(絶対そんなこと言えないw)

修正するとこんな感じ。

  • Japanese public health researchers should read this blog for writing academi papers.

助動詞や副詞をうまく使うことでit is構文を回避できるはずです。

 

一方、すべてのit is構文が悪かというとそうでもないと思います。僕が思う範囲でいうと、it is構文を使うことで読みやすくなる場合は次の2点です。

  1. 動作主を書かない場面で、主語がとても長い場合
  2. 動詞と形容詞を近づけたい場合

"Doing XXX is 形容詞" という文章でXXXが長い or それほど重要ではない場合は、it is構文が適切ではないかな?と思います。そうした場面では、it is 形容詞 to do XXXにしてあげることで読みやすいことがあるかと。

 

主題を冒頭に書く癖をやめる

「〇〇について」や「〇〇における」といった主題を冒頭に置きがちなのですが、それを英語で "as for 〇〇" とか書いちゃうのはあまりよろしくないという話です。日本語だと「〇〇における」は頻繁に見る気がするし、自分も書きがちなのですが、その癖を英語で書くととても読みにくい文章になると感じています。

直し方は主語+動詞で表現すること。

この記事がとにかくわかりやすいので、将来の自分は必ず読むように。

www.s.u-tokyo.ac.jp

 

 

論文を書くとき参考になるもの・まとめ

手元に置くもの

これらを手元において、文章を書こう。

  • reporting guidelines (STROBEとか)
  • 関連する論文複数
  • target journalが決まっているなら、その雑誌の論文
  • 康永先生の赤本

康永先生本は3500円なので、めちゃくちゃ安い。思考停止で買っちゃえばいいと思う。

www.kanehara-shuppan.co.jp

ライティング基礎

もっと基礎的なスキルの話。こういう内容はできるだけ早く知りたかったなあと思います。進学校や勉強・研究への支援が手厚い学校だと、高校生からこういう内容を学ぶらしい。すごい。

 

英語・日本語問わず、きれいな文章の作り方

わかりやすい・読みやすい英語の文章を書く際、「英語力」というよりも、言語能力の方が大事になる気がする。言語能力の上に、英語のスキルが乗っかるイメージです。本当に、言語能力も引き上げないとなあと常々思う。

 

結城浩先生の『数学的文章作法』は数学に関係しなくてもおすすめ

www.hyuki.com

 

『理科系の作文技術』は全部読むのはちょっとしんどかったなあという感想。構造に分解し、組み替えてみるという考え方を非常にうまく書いていた印象。とてもいい本。だけど、僕はしんどくなっちゃった。

www.chuko.co.jp

 

英語

SpringerのEnglish for Writing Research Papersは、例が豊富だし、だいたい網羅しているように思う。1文の書き方から全体の構成まで、チェックリストがついていることもすごく素敵。全部読み切ってなくて、辞書的に使ったことがある感じの感想でした。

link.springer.com

 

まとめ

備忘録的なので、文字量がとんでもないです。将来の自分、がんばって見返してね。

あと完璧主義になっても仕方がないので、修正しやすいであろう文章を作ったら、共著の方や誰かに見てもらおう。

 

Master of Public Healthとは

先日、所属している東京大学の公衆衛生大学院を卒業できることが決まりました。大変ありがたいことに、Master of Public Health (MPH) を名乗ることができるようになります。指導していただいた先生方・一緒にたくさんのことを学んだ学友の皆様、本当にありがとうございました。

今回はMPHとはなにかについて、掲げられているビジョンと自身の感覚の両方から考え、自身の理解を整理できればと思います。

なお、理想とされるMPH像の話で、実際に身につけているかという話ではないです。単に修士課程に通うだけで、全てのスキルを身につけられる人はいないので。少なくとも僕はこの2年を通じて理想像を認識できただけで、スキルがちゃんと身についたとは思いません。

 

 

東京大学SPHが掲げるMPH

東京大学SPHの公式サイトには次のように記載されています。

公共健康医学専攻専門職大学院では、①人間集団の健康を対象にした分析手法を身につけ、②保健医療に係わる社会制度を体系的に理解し、③政策立案・マネジメント能力に優れた、④パブリックヘルス・マインドを持った高度専門職業人の育成をするため、教育課程の編成・実施方針に沿った所定の単位を取得した学生に公共健康医学修士(専門職)の学位を授与する。

www.m.u-tokyo.ac.jp

日本語が長くて理解が少し難しいですね。
専攻の目的に関する自分なりの理解を整理すると次の書き方になります。

 

東大SPHは以下の4つの能力を持った高度専門職業人の育成を目的とします: 

  1. 人間集団の健康を対象にした分析手法を身につけている
  2. 保健医療に関わる社会制度を体系的に理解している
  3. 政策立案・マネジメント能力に優れている
  4. パブリックヘルス・マインドを持っている

 

1-3を丸めると、保健医療関連の社会制度を理解した上で、ステークホルダーに刺さる分析を実行し、政策立案の意思決定に関わるスキルと言えるでしょう。ここは容易です。

では、4つ目に記載があるパブリックヘルス・マインドとはなにか?残念ながら、僕の知る限り、東京大学SPHの公式webサイトには記載がありません。"マインド"で検索するとわかります。専攻の目的であるにも関わらず、一般に定義されていない言葉を使うのはあまりよろしくないですね笑 ちゃんと講義の中では「パブリックヘルス・マインド」について触れるので、在校生・これから進学する方はぜひ吸収してください。

以上、東京大学SPHの理念としては、保健医療関連の社会制度を理解した上で、ステークホルダーに刺さる分析を実行し、政策立案の意思決定に関わるスキルを持ち、"パブリックヘルス・マインド" を持った専門職 という理解でいいのかな?と思います。

 

日本版MPHコンピテンシー

(このMPHコンピテンシーの作成に関わっている先生が東大SPHと関わりが深いだろうと容易に想像がつくことは置いておいて)

もう1つ、とても面白い資料を共有します。2019年に発表された「日本における Master of Public Health (MPH) 取得者が持つべき知識とコンピテンシー」です。冒頭にとても良いことを書いてくれています。

公衆衛生は人々の健康と生活、生命を守るための活動である。大学基準協会では、公衆衛生を「ひとびとの健康と生活の質の維持・向上を目指した、理論と実践を伴う組織的活動」と定義しており、理論の修学と研究の実施のみならず、関連する領域で科学的根拠に基づいた組織での活動を実施し、社会への働きかけ(アドボカシ―)を通じて人々を健康に導くことを使命としている。 

「理論と実践」は東大SPHの専攻概要にも登場しました。やはり重要な概念であることがわかります。

ここでは、MPHが持つべき公衆衛生の知識とコンピテンシーというセクションの内容を書き出します。こうしたビジョンを固めてくれると本当に助かりますね。

MPHが持つべき知識

  1. 疫学 (epidemiology)
  2. 生物統計学 (biostatics)
  3. 環境健康科学 (environmental health sciences)
  4. 社会行動科学 (social and behavioral sciences)
  5. 健康政策管理学 (health services administration)

研究や施策を理解した上で、自身も関わる上での知識ということでしょう。自分が体系的に理解しているか?と考えると、頭が痛いですね...笑

MPHが持つべきコンピテンシー

コンピテンシーとは優れた成果を生み出すことができる個人の能力・行動特性のことですね。MPHホルダーが持つべきコンピテンシー、とても多いです。

  1. プロフェッショナリズム
  2. リーダーシップ
  3. システム思考
  4. 計画策定とマネジメント
  5. 情報科学の素養
  6. コミュニケーション
  7. 多様性の受容と理解・配慮
  8. 国際性
  9. 政策提言・社会実装への貢献(いわゆるアドボカシー)

オーバーラップする要素はあるでしょうが、とても魅力的な能力・特性ばかりです。東大SPHで掲げられていた "パブリックヘルス・マインド" とは、きっとMPHのコンピテンシーを有した上で各分野を尊重するマインドなのでしょう(東大SPHの講義だともっとちゃんと踏み込んだ講義がありますよ)。

 

僕の感じるMPH

ここからは完全に個人の意見です。まず初めに思うことは、一言にMPHのスキルと言っても 学術寄り / 実践寄り で大きく異なるだろうということです。理想的には1人がすべての能力をカバーできると良いですが、現実的には困難でしょう。公衆衛生学にとって学術と実践はスペクトラムであり、どこかで線引きできるものではありませんが、やはりスキルセットは変わってくると感じます。

この前提を置いた上で、学術・実践を問わず公衆衛生は世代を超えた多くの人と関わる分野となります。そこで僕の思うコアコンピテンシーとしては、ステークホルダーに対する透明性の高い説得的なアクションを行うスキルと考えます。盛り盛りコンテンツですね。

分けて考えると次の通りです。

  1. ステークホルダーを意識すること
  2. 透明性の高い根拠を提示する
  3. 説得的な行動を行う

まずは相手を意識することです。どんな人間と仕事をするのかを意識した上で発信しなくてはいけません。相手に合わせて話をしなくちゃいけないし、相手から嫌われてはいけない状況であれば、プロフェッショナリズムに反しない範囲で自分の価値観を抑えなくてはいけない場面もあるかもしれません。また、ステークホルダーと言っても、様々なレイヤーがあるでしょう。直接的なステークホルダーもあれば、時間的に距離のある将来影響を受けうる人(例えば政策なら、制度が影響する国民など)もあるでしょう。相手を意識することは学術/実践を問わず重要だと思います。

2点目に透明性の高い根拠を提示することです。これが大変厄介です。相手に合わせたレベルで根拠を提示しなくてはなりませんが、明らかに誤った根拠は提示してはいけません。学術向けなら研究者にとってわかりやすい根拠を、実践なら実践者と影響を受ける人にとってわかりやすい根拠を出すべきです。言い換えれば、根拠と一言に言っても様々なレベル感があり、相手に合わせて使い分けなくてはならないということです(めんどくせ〜)。例えば論文レベルの分析をしても、それをステークホルダーに理解していただくことができないなら、「透明性の高い根拠」にはなり得ないということですね。一方、相手に合わせて簡便な分析を提示するものの限界に触れず、拙速な議論を促すことも不適切でしょう。こうした学術的適切さと理解の容易さはある程度トレードオフなので、ステークホルダー全員(しかも現在と将来の利害関係者!)が満足する根拠を提示することは不可能です。しかしながら、自分にできる範囲で、学術レベルの内容を初めて聞く人にもわかる言葉・ストーリーで話すことが求められています。公衆衛生はステークホルダーが多いと言いますが、ここで効いてくるんですよね〜(痛い目にあったことがある)。

3つ目には、説得的な行動です。人を動かしましょう、ということです。これは単にプレゼンスキルに留まりません。相手を動かせば勝ちなので、時にはペコペコ頭を下げることも大事です。メインの仕事ではない嫌な仕事でも引き受けて、サッとアウトプットを出すことで、「あいつ有能だなあ」みたいなポジションを作ることも大事でしょう。頭の中でキレながらも、ニコニコと頷くスキルも大事だなあと思います。嫌な世界だ。

 

こうやってまとめてみると、僕は随分人の顔を伺って仕事してるんだなと嫌な気持ちになります。でも公衆衛生ってそういうものだし、何なら世の中のお仕事だいたいそうじゃない?と思います。僕はデータ分析が好きなので、話の終わりにデータサイエンティストの方のお話を引用してみましょう。こんな意見があります。

 

「実務者としてのデータサイエンティスト」になるということ - 渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

 

裏を返せば「Excelで集計すれば済むような仕事『しかない』ところにデータサイエンスを持っていっても何の役にも立たない」わけです。

今の公衆衛生の実践の場では、“Excelで集計すれば済むような仕事”ばかりなような気もします。そして、そんな場にExcelでの集計より複雑な根拠を持ち込むと、拒否反応が起こりやすい環境でもあるのが公衆衛生です。ステークホルダーがあまりに広範囲に渡るので、複雑な分析はやはり嫌われやすいのでは?と感じます。tjoさんの言う通り、Excelでの集計こそが求められる環境では、MPHを持っていっても本当に何の役にも立たないのかもなあと考えたことがあります。なんなら、多分自分は役に立たなかったなと思ったさえあります。

そんな“Excelでの集計が求められている環境”にMPHが入って役に立つには、人間関係を構築し、エビデンスを提示する土壌を作った上で、最後に魅力的な根拠の提示とビジョンの共有をすることが必要でしょう。そういう意味で、ステークホルダーに対する透明性の高い説得的なアクションを行うスキルって大事だなあと。

 

昔々は数字に基づいて施策を決めること自体が難しいことでした。今では、数字を持ち出すことが普通になった。この先、公衆衛生の場で数字の質を議論できる社会を作るためには、MPHが旗を振り続ける必要があるはずです。今と未来のステークホルダーにとって腑に落ちる発信を行うことが僕にとって理想のMPHスキルかなと思います。

 

まあ色々話してるけど、理想と現実は全然違うし、僕は公衆衛生系から一旦離れるって話が最後のオチで。

 

 

 

 

 

 

 

学生が見ているもの・先生が見ているもの

研究スキルがまだ身についていない発展途上の人と,論文を書きまくった先生が研究相談をしているとき,話が全然噛み合っていないことがあるよねって話.

 

修士課程の学生は研究スキルが既に身についた人より,修士課程を通して研究スキルを身につけていく人が多いと思います.したがって,先生や先輩と相談し指導してもらいながら,研究を進めていく形になるケースが多いのかなと.その相談がどうにもちぐはぐなケースを,何度か目にします.また,そのズレを意識すると前に進む,みたいな例もいくつか経験しました.今回は研究相談の場面で,学生が見ているものと先生が見ているものにズレがあることもあるよというお話.

相談で共有するべきトピックとしては,何を調べたいんですか? + どういう構成で書きたいですか?の2つの観点が必要だと思うって結論です.

 

 

学生側の視点

研究をどう進めていいか,いまいちピンと来ていない学生を想像します(バリバリ進められる学生なら,こんな記事読まないと思う).

大抵は①「自分はXXXを調べたい!」という意思があり,ぼんやりと研究仮説も持っているが,研究としてどう落とし込むかよくわかっていない,②先生から「君は何を研究したいの?」と言われて,いくつかトピックを用意したが,研究としてどう落とし込むかよくわかっていない,の2つだと思います.いずれも,研究のタネは持っているが,その先は掴めていないという状況です.こうした場合,学生は「〇〇という仮説を考えました.背景としては△△で....この仮説を調べたいのですが...」という相談をしていくことになると思います.

 

相談場面を想像してみましょう.

  • 先生: ふむふむ,なるほどねえ.いくつか質問してもいいですか?
    • 公衆衛生的に,その仮説はどういう意味があるのでしょう?
    • 新規性ってどこにありますか?
    • その仮説は,どういう根拠があって主張できるんですか?
    • 概念的にはわかるんですけど,それどう測って,どう分析するんですか?
    • (他にもいろいろ...)
  • 学生: う...うう...(そこに困ってるから相談しに来てるんやろ!助けてくれえええ)
    まだそこまでは勉強しきれていないのですが...
  • 先生: なるほど,理解しました.まだ仮説として,しっかり作り込まれたレベルではないので,文献レビューをしましょうか.課題意識はわかったので,それをリサーチクエスチョンにしていくフェーズですね.まずはknowledge gapを明らかにしていくと良いと思います.
  • 学生: は,はい...(あれ?自分なりにはRQにしたつもりなんだけどな...)

 

相談場面2回目

  • 学生: 前回の相談から,こういう検索式で文献を検索しました!
  • 先生: おつかれさまでした〜.その仮説自体は新しいってことでいいですかね.
    じゃあまたいくつか質問してもいいですか?
    • 公衆衛生的に,その仮説はどういう意味があるのでしょう?
    • その仮説は,どういう根拠があって主張できるんですか?
  • 学生: モゴモゴ(あれ...?前の相談から何が前進しているんだ...???)
  • 先生: うーん.いまいち,この研究仮説の重要性がわからないんですよね.
    興味や調べたいことということは理解できるのですが,公衆衛生の研究としての意義がはっきりしないので
  • 学生: は,はい......

 

こういう形で,学生としては興味や自分の課題意識を研究仮説として整理したつもりが,うまく先生とコミュニケーションを取れない例をいくつか見たことがあります.

 

先生側の視点

個人的な意見として,先生は「何を調べるか」だけでなく,「論文に何を書くのか?」を強く意識しているように思います.研究仮説を聞いた瞬間から先生の脳内で,introductionの各パラグラフの内容・測定・解析方法・考察...と,執筆のシミュレーションが行われているはずです.その上で,「この仮説って論文化できるのか???」を想像して,質問やアドバイスをしているはずです.

したがって,学生が研究として調べたいことを持ってきた場合,
"学生が調べたいこと = introductionの最終段落"
という脳内変換が発生するはずです.

 

その上で,例えば次のような疑問が湧いてくるはずです.論文を書くなら,どれも必要な問いになります.

  • 第1パラグラフには何を書こうか.それはこの分野で重要な課題と位置づけられるかな?
  • 何が既にわかっているのか?その仮説を調べることで,どういう知見を追加できると主張できるのか?
  • どうしてその仮説が支持されると主張できるのか?
  • 仮に,その仮説を検証するとしたら,どういう解析手法と一致するのか?

 

 

学生と先生のギャップ

学生側は「調べたいこと」を見ているだけなのに,先生側は「何を書くのか?」を意識した上で,埋めなくてはいけない内容を見出している,ということが大きなギャップだと思います.

もう少し言語化すると,主に次の2点が厄介な点だと思います.

調べたいことに加えて,書きたい内容が共有されていない

先生と学生との間で,次のアクションの目的を共有することが重要だと思いますが,「学生は書くべき内容を把握していないかもしれない」ということを前提とした相談をしていないので,学生が迷子になるという流れです.

先生側としては,調べたいことが提示されると,ある程度書くべき内容を把握する能力があるはずです.一方,発展途上の学生はそこまでの能力を持っていない.このギャップから,先生側の質問やアドバイスと学生のアクションがちぐはぐになっていくと感じます.例えば,先生側はintroductionのある部分の記載を充実させるためにアドバイスしているつもりが,学生側は目的がわからないまま勉強・研究を行うので,時間を浪費してしまうというかたちです.

 

 

学生,PICO/PECOで研究を作れると思いすぎでは?

(これは自分の研究室の特徴かもしれません)

PICO/PECOは何を調べたいのか?を端的に表現する手段ではありますが,PECOだけ唱えていてもどうともなりません.PECO + FINER (feasible, interesting, novel, ethical, and relevent) は押さえるべきでしょう.PICO/PECOとFINERを両方そろえて整理することが重要です.

しかしながら,PECOだけ揃えて「RQができた!」と感じる人も見受けられます.この認識だと,その後のFINER関連の質問やアドバイスを受けた際に,「あれ?今受けたアドバイスは,今後研究を進める上でどう役立つのかな...?」と迷子になる原因になるのだろうと思います.

 

 

学生としてできること

先生は論文の完成形を見据えていることを意識しよう

自分の所属研究室の先生方はとんでもなく優秀な方々なのだと思いますが,先生はいつも論文としてのゴールを意識していたように思います.一方,学生は目の前の困りごとだけに注目していることもあります.したがって,話題の焦点がズレていることがある,というお話でした.

そこで,「あれ?先生の質問やアドバイスはどこに向かっているのかな?」と考えられる土壌を持っておくことが大事だと思います.先生の質問を自分の理解の中に落とし込むためには,単に文字通り理解するだけでなく,質問の意図も把握する必要があるからです.もし「あれ?」と思ったら,こう尋ねてみましょう. 「先生の質問すごく刺さったのですが,どういう観点からその質問が湧いてくるのですか?」こういう質問をすると,とってもニコニコしながら「それはねえ...」と語り始めるんじゃないかなと思います.(僕はちょこちょこしていた)

何をどこに書くか?を意識しよう

自分の調べたいことを作ったら,どのパラグラフにどんな内容を盛り込めそうかも整理しておくと良いと思います.それらを先生に提示すると,非常に具体的で建設的なコメント・アドバイスをもらえるはずです.

迷っても大丈夫

これまで書いてきたことは,研究の迷子にならないためには...?迷子脱出するためには...?という内容でしたが,研究の迷子にならない人なんていないと思います.大なり小なり,未熟で発展途上の学生は研究で迷子になります(というか迷子にならないんだったら,もう立派な研究者でしょう).

大事なのは研究がスタックしたら,それを自分で認識して,助けを求めることだと思います.はっきりと「迷子です」と言ってしまった方が,アドバイスする側はやりやすいのでは?と思います

 

アドバイスをする側として...

自分の経験した限り(M2が何を言っているんだってのは置いておいてくださいw),最初の質問はこれが鉄板です.

「調べたいことはわかりました.では,それをどういう論文として書いていきたいですか?」

構成やストーリーをスラスラと話せる人なら,特に困ることはありません.一方,返答に詰まる人は,論文の構造や仮説と解析の対応関係などを理解できていないことがあります.先に論文構造などを押さえた上で,RQを練り上げる作業をしていった方が建設的だと思います.

ついでに理想の論文の話もしておくと,ゴールが明確になるかもしれませんね.

 

おわり

 

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